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蒔田 和彦 氏

Makita Construction Inc.

創業者

建築・インテリアデザインなどのサービスを提供するゼネコンとして、1982年にサンフランシスコに創設されたMakita Construction Inc.(旧Makita Design)。シリコンバレーを拠点に全国各地で住宅、商業施設、オフィス、飲食店、研究所、工場など多分野にわたって設計、施工を行い実績を積み重ねている。創業者の蒔田和彦さんは、日本の大学を卒業後にアメリカで設計を学ぶためにニューヨークに渡り、大手建築設計事務所や著名建築家の事務所を経て、独立。当地で会社を設立するまでの道のりや、どのように成長させたかのか蒔田さんに話を聞いた。

 

 

仕事の成果が結びついた瞬間

 

 日本の大学を卒業してアメリカの大学で設計を学ぶためにニューヨークに渡ってきました。当時、建設業界で世界No.1と言われた大手建築設計事務所に就職した後、アメリカを代表する近代建築家であるフィリップ・ジョンソン設計事務所に転職しました。数多くのプロジェクトに携わったのですが、1980年に仕事に燃え尽きたため会社を辞めて約半年間のヨーロッパ旅行に出ました。その後サンフランシスコの設計事務所より声がかかり再び現場に戻ることになります。そして、1982年に独立しMakita Construction Inc.(旧Makita Design)を設立しました。当初2人でスタートした会社も日本の好景気も手伝い、最大24人の社員を抱えるほどになりました。手がけたプロジェクトは、サンフランシスコのみならず、ハワイ、マンハッタン、グアムまで拡大していきました。創業当時は、日系企業が不動産投資なども含め、数多くアメリカに進出していた時代でした。

 

 バブル崩壊後、日系企業のオフィス進出が激減しました。ただ、幸いなことにこの時期に設計のシステムが劇的に変化したのです。CADシステムの誕生で、作業効率が飛躍的に向上し人件費削減に繋がったことが功を奏しました。また、これまで築いてきた人脈が活き、周りの状況をよそに仕事は定期的に入ってくる状況が続きました。それまでの仕事の成果が結びついた瞬間に、改めてこの仕事にやりがいを感じたときでした。

 

企業の持続に向けた世代交代の決断

 

 2000年代に入り、現在社長を務める千石が入社しました。千石は経験を徐々に積んでいき、現場の先頭に立って工程管理や監督業など各プロジェクトをはじめ、多岐にわたって活躍するようになりました。これまで私が築いた実績や日系企業とのネットワークに加え、千石が培った人脈、特に日系人コミュニティとのネットワークで受注数も増えていきました。その心強い若手の成長を見て、そろそろ次の世代にバトンタッチをしていかないと気持ちの変化が現れたのもこの頃です。世代交代のために2012年に代表職を辞し、千石を社長に据えました。同時に社名も「Makita Design」から「Makita Construction」に変更し、設計デザインだけでなくゼネコン業として建築全般を請け負う体制を整えました。

 

変化に順応できる企業でありたい

 

 会社設立当初から、日系商工会議所をはじめ日系企業の皆様には大変お世話になり、その方たちとのネットワークを通じて、たくさんのプロジェクトを手がけることができました。一方でどの業界も常に変化しており、それに順応しないといけないと危惧を感じている部分もあります。昔の夢うつつで仕事なんてできません。どんどん新しいものを取り入れてビジネスの幅を広げていく必要があります。

 

 バブル期のような大きな仕事は少なくなってきている昨今、千石をはじめ優秀な日本人スタッフを揃えて常に時代の変化に対応できるようなビジョンを持って仕事を進めています。今後のためにも、きめ細かな日本的なサービスをベースにビジネスを開拓していってほしいです。